「も~!いきなり何するのさ~!」
「クカカ、大丈夫じゃ、何があっても絶対見つけてやるからの!じゃからそがあな顔すんな!」
ノーマに言い聞かせるようにモーゼスははっきりとしたトーンで声を放つ。
刹那、ノーマの大きな茶色の瞳の光が微かに揺れたのをモーゼスは見逃さなかった。
「(不器用じゃのう、こいつも……あいつも)」
やれやれとモーゼスは内心で溜息を吐いた。
そうだ。不器用なのだ。
明るく振舞って感情を誤魔化そうするノーマも、冷たく突き放して感情を誤魔化そうとするあいつも、結局は―――。
「そうですよ。もう大丈夫です、ノーマさん」
「「!」」
いきなり後ろから降りかかってきた声に、モーゼスもノーマもバッと振り返った。
そこにいたのはジェイと――。
「ジェージェー!それに……オヤジ!?何で~??」
「馬鹿者!誰がオヤジだ!!」
「あだあ!」
ごつん。タブーを言ったノーマの頭にウィルの鉄拳が下された。
鈍い音と同時に鉄拳を食らったノーマ、それと何故かモーゼス(おそらくノーマが殴られているのを見て自分も殴られまいと条件反射で頭を守ろうとしているのだろう)は頭を押さえる。
(ほんと馬鹿なんだから……)と、そんな彼らに対してジェイは呆れたようにやれやれと肩を竦めた。
「まったくお前達と来たら……ほら、ノーマ、」
「ほぇ?」
「届け物だ。」
ウィルは彼女を殴った拳を摩りながら溜息を吐いた後、ほら、とぶっきらぼうにノーマに何かを渡した。
刹那、ノーマの瞳が大きく見開かれる。
―――それは見慣れた、彼女の服と同色のボンボンで……。
「あ……」
「おおー!出かしたの、ウィの字!!」
「水晶の森で魔物の調査をしていたらこれを見付けてな。どうしようかと迷っていた時にジェイと会ったという訳だ」
「ほら。言ったでしょう?貴方がたと探すよりもぼくひとりで探した方が効率が良いし早いって」
「見付けたのはワレじゃのうてウィの字じゃろうが!何じゃ、その自分の手柄ですと言わんばかりのドヤ顔は!」
「ふん。見付けたウィルさんを連れてきたのはぼくですから、結局はぼくの手柄ですよ」
「屁理屈じゃ!……ヒョ!?シャボン娘どがあした!?座り込んで!」
ぎゃあぎゃあといつもの言い争いをしていたモーゼスとジェイは、へたりと座り込んでしまったノーマに気付いて、彼女の元へ駆け寄る。
「おい!?大丈夫か?」
「……た」
「え?」
「腰、抜かした……」
「「……」」
たはは、と力無く笑うノーマに、モーゼスとジェイはきょとんと顔を見合わせた。
「……まったく。まだまだガキだな」
そんな彼等に黙って三人の様子を冷静に見守っていたウィルはやれやれと肩を竦めた。
何だかんだ言ってもまだまだ三人共子供だ。
「(しかし、オレも十年前はこんな感じだったのだろうな……)」
十年前の若かりし自分を思い出して、ウィルは苦笑する。
十年前と言ったら、ちょうどアメリアと駆け落ちをした前後くらいだ。
「………」
過去の自分達と今の彼等を比べて、ウィルは今度は柔らかい笑みをそっと小さく零した。
そして、彼女に背中を向け、「……ほら、乗れ」とぶっきらぼうに彼女にそれに乗るよう促した。
* * *
「あーあ、結局今日は一日中シャボン娘に振り回されたのう……」
あれから。灯台の街に戻って、ウィルとノーマと別れた(今日ノーマはウィルの家に泊まるそうだ)モーゼスとジェイは空を見上げる。
太陽の光は今は沈んでしまった空はもう暗い。
本来は一日中、イチャイチャする予定だったのに、と口を尖らせるモーゼスはそれでも悪態の割には表情は明るいものだった。
予定はすべて崩されたが、ノーマのボンボンが見付かった本当に良かった。本当に大切なものだったみたいだから。
それはジェイも同じらしい。生意気に澄ましているその表情はいつもよりも柔らかいように見えた。
「折角ワレとイチャつこうと思ったのに……今度アイツに何か美味いもん奢って貰わんとのう」
「そうですね。ホタテパン300個は買って貰いましょうかね」
「……じぇ、ジェー坊、それはえげつないぞ……」
「やだなぁ、冗談ですよ冗談。……半分は」
「(半分は本気なんかい!?)」
そんなに買わせてどうするつもりだ?食うのか?全部食う気なのか?モフモフ族と?300個も?
ホタテパン300個を頭に浮かべて、ぞっとモーゼスは身震いをした。
「まあ、失くしてしまった彼女の気持ちはぼくにはよく判りますのでそこまで意地悪する気にもなりませんよ。貴方なら話は別ですけど」
「ふーん……」
「何ですか?その顔は」
「別にぃ?やっぱワレとシャボン娘似とると思っての」
「は!?貴方馬鹿すぎてとうとう脳が溶けてしまったんですか?」
「……はっ。言っとれ」
珍しく声を荒げて毒を吐いてくるジェイに、何だか優越感を覚えたモーゼスは反論せずに鼻で笑った。
そんな彼にジェイはますます目を見開く。
自分とノーマが似てる?
意味が判らない。何が言いたいんだ、この馬鹿山賊は。
「ほれ、帰ってイチャイチャの続きするぞー!」
「わ!ちょ……ぼくの意見は無視ですか!?」
「おう!ええ加減、ワイも限界じゃ!」
「……そこまできっぱり言われると清々しいですね」
「やー、照れるのう」
「いや、褒めてませんから」
ジェイの小さな手を掴んで、イチャイチャするぞー!と嬉々とモーゼスは自分のアジトへと向かう。
普段なら蹴り飛ばして逃げる所だが、確かに欲望に忠実な彼がここまで我慢したのだから、と抵抗はしなかった。
それに、一方通行と思われがちだが、ジェイだってモーゼスの事が好きだ。
黄色いボンボンを見て安堵したように笑ったノーマ。
本当に大切なものだったのだろう。彼女にとってあのボンボンは自分の鈴と同じくらいの価値があるのだ。
「(やれやれ、ぼくも末期だな……)」
そんな彼女を見ていたら、何だかモーゼスの温もりを感じたくなってしまった。
モーゼスに引っ張られながら、これから訪れるだろう熱を想ってジェイは彼に見られないように顔を俯かせて、そっと微笑みを浮かべる。
「……のう。ジェー坊、」
「何ですか?」
「シャボン娘にも言える事じゃが、ワレももう少し……ま、ええか。その内、ワイがなおしてやるから!」
「は?」
うんうんと一人自己完結するモーゼスに、ジェイは(さっきから何言ってるんだこの馬鹿)と微笑みから一転、冷たい視線を浴びさせた。
されど、それでもどこか嬉しそうに笑うモーゼスを見てると、どうでも良くなってきて、ジェイはやれやれと肩を竦めた。
言わないけれど、ジェイはモーゼスの笑顔は好きだ(一番好きなのはムキになっている顔だけど)。
(まあ、ご褒美として……テントに戻ったらキスのひとつくらいしてあげましょうかね?)
柄にも無い事を考えて、ジェイはぎゅっとモーゼスの手を軽く握った。
(後日、獣のように暴走したモーゼスの所為で一日ジェイは寝込む事になるのだけど、それは別のお話)
End?